Top > 細川たかしのプロフィール

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細川たかし(ほそかわ たかし)
本名:細川貴志
1950年6月15日生まれ
演歌歌手
北海道虻田郡真狩村(まっかりむら)出身
新栄プロダクション所属(2002年頃まではバーニングプロダクションに所属)。
三橋美智也に師事。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1975年4月1日『心のこり』でデビュー伸びやかな高音と民謡で鍛えられた肺活量にて聞く者を圧倒させる。1985年には真狩村に「細川たかしを讃える碑」、1994年には「細川たかし記念像」(別名「歌う銅像」)が建てられる。紅白歌合戦にはデビュー以来30回連続出場。民謡三橋流の名取であり、三橋美智貴(みはし みちたか)とも名乗る。
2004年に芸歴30周年を迎える。
* デビュー曲「心のこり」は当初「私バカよね」というタイトルとなる予定だった。デビュー曲であったために所属するレコード会社が、挨拶まわりをする際に「このたび『私バカよね』でデビューすることになりました細川たかしです」と言うのはマズい、とのことで「心のこり」に改題された。
* カックラキン大放送に出演するときは、何故か自転車に乗ったお巡りさんの役ばかりだった。
* 欽ちゃんのどこまでやるの!のレギュラーとなり一大ブレイクしたが、世間一般には欽ちゃんファミリーの一員というイメージを持たれていない。
o このきっかけは、かつて度々ゲスト出演していた『8時だョ!全員集合』内の坂道の上にある一軒家に駆け上がるコントの際に、細川がアキレス腱を切断、長期入院を余儀なくされた。復帰後の仕事量が激減した細川は、ある日にゲスト出演した際、萩本欽一に「仕事ないの?じゃあ毎回来る?」といわれ、同番組にレギュラー出演することとなった。したがって、この一件がなければ細川の代表曲「北酒場」は日の目を見なかったといえる。